平成28年3月30日
【福岡歴史探訪 第30回~濡衣塚~】
博多区千代3丁目に、濡衣塚があります。「濡れ衣を着せる」の語源となった悲しい話が伝えられています。
聖武天皇の御代に、筑前の国司として都より下向した佐野近世は、妻が病死した後、地元の女性を後妻としました。彼女は本妻との娘であった春姫を憎み、地元の漁師に春姫がたびたび釣衣を盗むと近世に訴えさせました。
それを聞いた近世が春姫の寝所を覗いてみると、濡れた衣を引いて眠る春姫の姿が。近世は逆上し、春姫を斬り伏せました。
翌年、寝ている近世の夢に春姫が現れ歌を詠みました。
「脱ぎ着する そのたばかりの 濡れ衣は 長き無き名の ためしなりけり」
「濡れ衣の 袖よりつたふ 涙こそ 無き名を流す ためしなりけれ」
近世は春姫の無実を知り、出家し、「博多七堂」と呼ばれる七つの堂を建てました。


聖武天皇の御代に、筑前の国司として都より下向した佐野近世は、妻が病死した後、地元の女性を後妻としました。彼女は本妻との娘であった春姫を憎み、地元の漁師に春姫がたびたび釣衣を盗むと近世に訴えさせました。
それを聞いた近世が春姫の寝所を覗いてみると、濡れた衣を引いて眠る春姫の姿が。近世は逆上し、春姫を斬り伏せました。
翌年、寝ている近世の夢に春姫が現れ歌を詠みました。
「脱ぎ着する そのたばかりの 濡れ衣は 長き無き名の ためしなりけり」
「濡れ衣の 袖よりつたふ 涙こそ 無き名を流す ためしなりけれ」
近世は春姫の無実を知り、出家し、「博多七堂」と呼ばれる七つの堂を建てました。
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