平成29年7月28日
遠隔教育にみる安易な規制緩和の危険性
■高等学校における遠隔教育
離島や過疎地などで教員を十分確保できない高校のため、また、多様で高度な教育機会を確保する必要性が高まっていることから、高校にはすでに遠隔教育が制度化されている。従来、同時双方向、同時中継で双方に教員と生徒がいる授業(合同授業)は可能であったが、平成二十七年度から学校教育法施行規則等に位置付けられ、対面授業と同等の教育効果を有すると認めるとき、配信側には教員のみで生徒はいない同時双方向タイプの遠隔授業が解禁された。こうした遠隔授業は、高等学校の全課程の修了要件74単位のうち、36単位までが上限とされている。文部科学省の調査では平成二十八年四月現在で公立23校、私立1校の計24校で遠隔教育が行われているそうだ。
■遠隔教育の本格的推進のための提言
平成二十九年四月二十五日、内閣府の規制改革推進会議では「遠隔教育の推進に関する意見」を公表している。改革の施策方針では、「今後その充実が期待されるプログラミング、英会話など、様々な分野において、質の高い授業を提供する観点から、遠隔教育を活用することは効果的である。また、遠隔教育の活用は、教員の負担軽減に資するものである」と述べられており、文部科学省に遠隔教育の本格的推進と高校の遠隔授業の単位数上限の見直しについて必要な方策を講じるよう検討を求めている。具体策には、「免許外教科担任制度」による問題の解消と廃止に向けた方策が挙げられている。免許外教科担任制度とは、教科の免許状を有する教員を配置できない場合に、他教科
の免許を有する教員が代わりに担任することを許可する一時的な措置として定められた
制度である。要するに専門外の教員が授業を行っている実態があり、この問題を解消す
るために遠隔授業を推進すべきであると提言しているのである。
同年五月二十三日に公表された同会議の「規制改革推進に関する第1次答申~明日へ
の扉を開く」(以下「第1次答申」)にも同趣旨のことが述べられている。
■義務教育における遠隔教育解禁?
この議論を進めているのは規制改革推進会議の「投資等ワーキング・グループ」(座長:原英史氏)である。四月五日に提出された「遠隔教育に関する問題意識」では学
校の統廃合が進む実情を考え、高等学校の単位数制限を見直し、遠隔教育の活用によ
り学校維持をはかることの検討や、遠隔教育の中学校への展開も提言されている。さら
に先述した「遠隔教育の推進に関する意見」や「第1次答申」には小学校の次期学習指
導要領で充実すべき内容である「プログラミング」「英会話」という記載があり、これを見ると小学校まで遠隔教育を広げようとしているのではないかと推測される。
■教育施策は教育の論理で
ワーキング・グループの名前からも分かる通り、これは教育ではなく、ビジネス、イノベーションの立場から起こっている議論である。確かに過疎地の学校維持や免許外教科担任制度、プログラミング教育や英語教育の早期化に対応する人員の不足は解決すべ
き課題である。
しかし、教育専門職をきちんと配置するというのが本来の道筋ではないか。また、I
CT活用も積極的に進めるべきだが、あくまでも学習の目的を達成するための手段に過ぎない。アクティブ・ラーニングの視点からも、教師が児童生徒の反応をつぶさに見な
がら進めない限り、効果的な授業とはならない。現在、公立高校で遠隔授業が行われている23校では他の高校の教員が兼務発令を受けて、遠隔教育の実施校の担当教員ととも
に授業等を配信する形態が多いそうだ。この場合、配信校、受信校の教員の連絡・調整が双方にとって相当な負担となると考えられる。
規制緩和をするには十分な検証が必要である。そして教員の負担軽減の視点から話を進めると、安易な人員削減につながる危険性もあり、結果、教育の質の低下を招くこ
ととなる。教育に関する施策は教育の論理に基づくべきであり、一部の業界団体を利するものであってはならないと考える。
※本稿は平成二十九年六月二十九日に産経新聞九州山口面に掲載された「一筆両断」に修正を加えたものです。
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