第20回
平成27年3月27日
~長塚節逝去の地~
第19回で紹介した利休釜掛の松のそばに、長塚節の歌碑があります。「白銀の 鍼うつごとききりぎりす いく夜はへなば涼しからなむ」の歌が刻まれています。
長塚節は、農民小説の傑作『土』を書き、詩人、評論家としても優れた才能を発揮した人物です。
咽頭結核を患い、九州帝国大学医学部の久保猪之吉博士の治療をうけるべく福岡の地を訪れ、一度病状は回復するものの、大正4年(1915)に九州帝国大学病院の隔離病棟にてこの世を去りました。
亡くなった翌日、崇福寺で荼毘に付され、その後東京で通夜、郷里の茨城で葬儀が執り行われました。