福岡教育連盟は教育の正常化を目指し、日々教育活動に励む教職員の集まりです。

福岡歴史探訪

History of Fukuoka

第9回

平成26年10月3日

~怪談「お綱門」~

 1枚目の写真のように、第8回で紹介した芭蕉の句碑と、枯野塚の説明板の間には墓石があります。これは福岡城に纏わる怪談「お綱門」に登場するお綱さんのお墓です。
 「お綱門」は、このようなお話です。福岡藩二代藩主であった黒田忠之が大阪から采女という名の芸者を連れ帰りましたが、家老に説得されたため、側近の明石四郎左衛門に采女を預けました。四郎左衛門は、本宅に采女を、正妻お綱と子供を馬出の下屋敷に住まわせました。采女に惹かれた四郎左衛門は下屋敷に寄りつかず、生活費も渡しません。
 見かねた奉公人の善作が、四郎左衛門への説得を試みましたが失敗し、絶望した善作は自害してしまいます。それを知ったお綱は怒りに狂い、薙刀を手に本宅に向かいますが、夫は登城しており留守。本宅にいた浅野彦五郎に斬りつけられました。傷を負いながらも夫のいる福岡城を目指しますが、城門に手をかけたところで絶命しました。この時の門が「お綱門」と呼ばれ、触れたら熱病にかかるとの噂がたちました。
 お綱さんと子供たちが住んでいた下屋敷の跡地に、この墓石は建てられました。お綱さんの墓石の隣には、子供たちの小さな墓石もあります。