福岡教育連盟は教育の正常化を目指し、日々教育活動に励む教職員の集まりです。

福岡歴史探訪

History of Fukuoka

第1回

平成26年4月18日

~松原水~

 福岡教育連盟本部がある博多区には、多くの史跡が残されています。これから不定期で紹介をいたします。
 第1回は、本部から徒歩5分の公園内にある松原水の井戸跡です。地下鉄箱崎線千代県庁口駅7番出口付近です。以下が、井戸の脇に設置された由緒書きの内容です。
「明治初期、まだ井戸水を利用していたころ、博多部の井戸は水質に恵まれず、そのため飲料水は当時の那珂郡千代村一帯(現在の博多区千代付近)に続く松林(千代松原)の砂地から汲む井戸水を運んでまかなわれていた。これも次第に建て込む人家の家庭汚水で利用できなくなってきた。そこで明治29(1896)年福岡市は、飲料水確保のため千代村堅粕(現在の博多区東公園)の東公園内の国有地約1アールを年間1円8銭で借り受け、工費50円で市設の井戸を掘った。これが「松原水」の起こりである。
 明治34(1901)年には、福岡市による「市設井戸取締規程」が定められている。井戸には看守を置く事、汲む者は給水許可証を携帯すること、料金は1石(180リットル)に10銭宛などと細かく規定して本格的に管理された。
 このようにして、業者も水桶12個積んだ大八車をガラガラ引いて、戸別に配達したため、上水道通水(大正12年)まで、松原水売りは博多の風物詩であった。
 なお、明治33(1900)年皇太子嘉仁親王(のちの大正天皇)が来福の際、飲料水として使われ、記念の石碑が傍に建っている。」
 大正12年に福岡市初の上水専用ダムである曲渕ダムと、同じく福岡市初の浄水場である平尾浄水場が完成するまで、命の水として親しまれていたそうです。