福岡教育連盟
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これからの高校理科教育について考える

 〜国際生物多様性年を迎えて〜

□遺伝子教育の必要性
 二十世紀後半の遺伝子工学、分子生物学などの進歩につれて、ゲノムの解析が進み、ついに二〇〇三年、ヒトゲノムの解析が終了した。ポストゲノムと呼ばれ、新しい局面に入った遺伝子技術はすでにサイエンスの領域を超え、生活のなかに浸透しつつある。
 一方、人間一人一人においては、遺伝情報は究極の個人情報でもあり、遺伝子情報の多様性に対する正しい考え方の定着が、人権に配慮した新しい社会を作る礎となると考えられる。
 遺伝的な多様性は、生物がその種の安定性のために必須の条件である半面、その時の環境に対して不適な個体も必ず一定の割合で出現させるリスクも背負っている。しかし、そのマイノリティの存在こそがヒトという種の安定につながっているという正しい理解が不可欠である。そのような認識が無い限り、福祉政策が「上から目線」になってしまったり、表面的には平等を説きながらの「心理的差別」を温存することにつながる恐れがある。正しい遺伝学の知識を高等学校における人権教育の根幹に置く必要性が大きくなってきている。

□生物多様性の考え方
 環境問題は今や世界的規模の重要問題であると同時に、 国連気候変動枠組み第十五回締約国会議(COP15)の迷走に見られるように最も困難な課題でもある。温暖化の問題に次いで国際問題になっているのが生物多様性の問題であるが、温暖化の問題ほどには社会に浸透していない。しかし、平成二十年五月、自然と共生する社会を実現することを目的とした生物多様性基本法が成立し、同月にドイツで行われた生物多様性条約第九回締約国会議(COP9)では、国際生物多様性年の今年、名古屋で十月に(COP10)を開催することが決定されるなど、国内でこの問題に関する認識を深めるチャンスを迎えている。
 現在、「生物多様性」に対する取り組みは大きく二つの潮流がある。ひとつは、レッドデータブックで有名なように、種の多様性を自然保護の観点から守ろうとする動きである。多様性を守ることは自然の安定性につながることから当然のことともいえるが、それはまた人間の経済活動とは相反するものでもあった。環境保護が反体制運動の隠れみのであった時代もあるのである。
 しかし、最近では企業のほうがむしろ積極的に多様性保護に配慮していることが多い。これが二つ目の潮流である。世界的な環境に対する意識の高揚から、環境に配慮しない製品販売をすると不買運動を起こされたり、NGOなどから反社会的であるとのレッテルを貼られることにより、製品の販売に大きな影響を受けたりするからである。
 このような社会情勢をしっかりと生徒に認識させることが、環境教育でのひとつの重要な側面であろう。食の問題、医療の問題、環境の問題など、「多様性」に対する多くの指摘がなされている割には高校の現場ではほとんどそれらに触れられる機会はない。現状の正確な把握やその対策を、全教科・全領域で考えさせることが今の高校教育に求められている。

□今後の高等学校理科教育
 高校における理科教育の目標のひとつは大学に入ってからの基礎学力をつけることにある。実験が大事だと叫ばれるのもこのせいであろう。しかし、これは理系の発想である。世の中の大半を占める文系の人間に科学のおもしろさ、大切さを知らしめる理科教育の視点、さらに言うならば国民教育の視点で理科を教える、すなわち「科学的なものの考え方」を育成するという視点が高校理科教育には不足している。高等学校における理科教育はスペシャリストを育てることも大切であるが、国民の科学リテラシーを育てることも忘れてはならない。
 高等学校における理科教育の指導者はいうまでもなく理科の教師である。SPP(サイエンス・パートナーシップ・プロジェクト)などを利用して、高校教師の研修や意識改革を地道に行うことが、長い目でみれば真の意味での理科教育の振興につながるに違いない。
 福岡県の生物部会では、新規採用教員の研修会など、さまざまな視点での教員研修を実施している。また、理科の教師が生物部などの理科系の部活動を若いときから指導することも、理科教育の幅を広げるためにも大切なことである。
 繰り返して言うが、真に理科教育の将来を憂えているのであれば、予算を目立つところにばら撒くのではなく、教師の力量向上に腰を据えて取り組むことが重要であると考える。