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	<title>福岡教育連盟</title>
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	<modified>2012-02-04T05:52:10Z</modified>
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		<title>部活動指導と人間教育</title>
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		<issued>2012-02-04T14:49:44+09:00</issued>
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		<summary>福岡教育連盟OBで元直方高等学校校長の山内則季先生がご自身の部活動指導（バレーボール）の理念と実践をまとめた著作「燃えよ、挑め、磨け」をこの程自費出版された。この著作には部活動指導のみならず、人間教育の...</summary>
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		<dc:subject>私たちの主張</dc:subject>
		<content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[福岡教育連盟OBで元直方高等学校校長の山内則季先生がご自身の部活動指導（バレーボール）の理念と実践をまとめた著作「燃えよ、挑め、磨け」をこの程自費出版された。この著作には部活動指導のみならず、人間教育の理念に基づく実践、管理職としての学校運営の在り方、人生を変えた師との出会い等、全ての教師にとって学ぶ点が多い。今月号の主張では、その内容を紹介しつつ、今日の部活動指導の在り方を改めて考えてみたい。<br />
<br />
■「七戒」に見る人間教育の視点<br />
<br />
山内先生は「明確な目標」、「情熱」こそがすべての指導の出発点であると述べられている。輝かしい実績（全国大会二十回出場、うち優勝一回・準優勝四回）を残されている先生だが、まだ若い頃、次のような「部訓」（七戒）を掲げられたことが出発点であった。<br />
<br />
一、声は戦力である。<br />
二、学問に王道なしスポーツに妥協なし。<br />
三、良きスポーツマンは良き学生であれ。<br />
四、自分の苦しみに打ち勝て！常にファイトを持て。<br />
五、チームに迷惑をかけるな！人一倍努力せよ。<br />
六、礼儀を重んじ責任感の強い人間になれ。<br />
七、動作は敏速に常に駆け足かけ声を。<br />
<br />
目標を掲げることはあらゆる場面で教師が行っていることであろう。問題はいかに浸透させるかである。山内先生は練習の前後に、この「七戒」を言わせ、「目標とは何か」を徹底して考えさせたという。「人間はスポーツを辞めたとき、社会に出た時が勝負である」との信念の下、スポーツを通して徳目（責任、協力、努力、忍耐、思いやり、愛校心など）をしっかり教えられた。もちろん、厳しい勝負を制するための技術指導も行われるわけだが、この不易ともいえる人間教育の視点は、教え子に受け継がれ、人生の「普遍的道しるべ」となる。現在もこの部訓は部室に掲げられているという。<br />
<br />
■文武両道と「公立学校」としての本分<br />
<br />
部員の指導は練習以外でも徹底している。私学では生徒募集という経営の視点で部活動強化を掲げている学校もあるが、公立学校は部活動のみに専念する訳にはいかない。先生は、決してバレー優先の姿勢はとらず、定期考査後に試合があっても、完全休止して勉強に専念させ、欠点をとった部員は試合に連れて行かずに学校で居残り勉強をさせたということである。校務も担任、学年主任、校務運営委員等をしながら、指導に打ち込まれ、学校組織の一員としての使命感を常に持ち続けておられたのである。<br />
<br />
■「信頼」に基づく人間関係<br />
<br />
強いチームの監督に共通することだが、学校やチーム、周囲の方々との信頼関係をとても大切にされている。バレーボール関係のネットワークはもとより、スカウトに出向かれる中学校の指導者や保護者、同僚の顧問の先生、また、裏方であるが休日の練習でお世話になる警備員の方々等、部が強くなった後でも、謙虚に、誠実に対応されている。すべては生徒のためである。信頼に基づく人間関係を築くための組織マネジメント力も指導者、リーダーの必須条件であるということを学ぶことができる。<br />
<br />
■教育正常化の視点<br />
<br />
この本の中には、先生が書かれた寄稿文や弔辞も収められている。その中で直方高校第二十代校長の松尾英二先生（故人）の追想録への寄稿文、第二十四代校長亀谷陽三先生（故人）への弔辞文を読むと、当時の福岡県の教育界の状況がよくわかる。昭和四十年代は校長着任拒否闘争の真っ只中であった。以前から高教組に疑問を持たれていた山内先生は、毅然たる態度で学校経営に打ち込まれた松尾校長に感銘を受け、高教組を脱退される。また、亀谷校長の下、学年主任として直方高校に全員課外を導入された。高教組がまだ「全員強制課外反対」を唱えている頃である。教師として、その後管理職として、私達のスローガン「すべての子どもをわが子として」を真の意味で実践されたのである。<br />
<br />
■今、学ぶべきこと<br />
<br />
現在、学校現場は様々な教育課題を抱えている。学校に対する期待が今ほど高まっている時代もない。しかし、どんなに時代が変わっても現場の教師にとって「不易」の部分は変わらない。あらゆる教育活動における「道徳教育」の重視、そして自らの信念を貫き、それを受け継ぐ「人材」を残すこと。この点を読後、強く感じたところである。<br />
<br />
福岡教育連盟は、山内先生の志を継承し、情熱と使命感をもった教師の集団であり続けたい。<br />
<br />
<br />
<img src="http://www.fenet.or.jp/img/img132_file.jpg" width="542" height="788" alt="山内先生著書改" class="pict" /><br />
 『燃えよ、挑め、磨け』山内則季著　　頒布価格１，０００円<br />
※購入希望の方は福岡教育連盟本部（092-631-2901）までご連絡下さい。]]></content>
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		<title>新学習指導要領（理数教育）の課題と教師に求められる力量</title>
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		<issued>2012-02-01T15:47:37+09:00</issued>
		<modified>2012-02-01T06:47:37Z</modified>
		<summary>◇理数教育の充実と教師側の問題理数教育の充実が叫ばれている。ここ数年、学校現場では、生徒が「勉強しなくなった」「計算力が落ちた」など、学習意欲や学力が低下しているといったことをよく耳にする。実際、全国...</summary>
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		<dc:subject>私たちの主張</dc:subject>
		<content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[◇理数教育の充実と教師側の問題<br />
<br />
理数教育の充実が叫ばれている。ここ数年、学校現場では、生徒が「勉強しなくなった」「計算力が落ちた」など、学習意欲や学力が低下しているといったことをよく耳にする。実際、全国のデータ等を見ると、ボリュームゾーンである中間層の勉強時間が、平成２年当時と比べると大きく減少している。 しかし、学校現場では生徒の理数に対する興味・関心のの度合いは決して変化していないと感じる場面も多々ある。 生徒の質の変化だけにに原因を求めるのではなく、教師側の方法論にこそ解決の道筋を見つけるべきだろう。その意味でも、今回の新学習指導要領の内容には、我々教師が考えなければならない課題が多く含まれており、従来の指導方法を打破し、真の思考力、判断力、表現力などの人間力を培うヒントが明確に示されている。<br />
<br />
◇数学的活動と課題学習<br />
<br />
数学の新学習指導要領には、「数学的活動」「課題学習」が大きく打ち出されている。「数学的活動」は、身近な事象との関連を深める力、自らの思考過程を振り返って発展的に考察し表現する力、さらには身に付けた数学的知識の意味を身近な事象に戻して活用する力を養うための活動と言い換えることができる。これらは、学習指導要領の目指す思考力、判断力、表現力を培う上で、日々の授業の中で積極的に取り入れるべきものである。実際は、授業の進度や大学入試等へ対応を意識して、一方向的な講義形式の授業形態となり、内容的にも「入試に出題されるか否か」、「これはよく出題されるから」という視点で授業が組み立てられる傾向がある。しかし、授業の工夫次第では、学習内容の基礎・基本の定着や入試問題の演習に取り組む場合でも、「数学的活動」を取り入れることも可能である。そのような工夫を常日頃行い、生徒の興味・関心を引き出すことに長けた力量のある教師にとっては、「数学的活動」は今更の感もあるだろう。この機会に、再度、私達教師が自らの授業実践を振り返り、真正面から取り組むべき課題であると考える。<br />
<br />
加えて、「課題学習」についても、生徒の数学（理数）への興味・関心を掻き立てるためにも是非取り入れるべきだろう。例えば、数学にまつわる歴史（数学史）を授業で取り上げることは大変有効である。歴史を遡れば、日本人の数学的素養は、世界的にも高いレベルに達しており、江戸時代には、庶民の生活の中にも娯楽として数学が身近にあった。数学に関わる偉人を挙げれば、算聖と崇められた和算の関孝和、日本近代数学の金字塔を打ち立てた高木貞治、フェルマーの最終定理の解決に大きく関わった谷山豊、志村五郎などの数学者・肖るべき偉人にまつわる話題が豊富にある。是非、毎回の授業時間の中で、短時間でも取り上げる等、活用すべきである。<br />
<br />
◇理科３科目履修は妥当である<br />
<br />
理科については、今回の指導要領の改訂に伴い、理科３科目を履修することとなった。そもそも理科は、便宜上、物理・化学・生物・地学という分野に分かれているが、すべてを学習することが理想であることは間違いない。我が国は、科学技術立国であると同時に、豊かな自然に恵まれている。そして、この度の大震災の地震と津波などからもわかるように、地震国でもある為、地学を含めた科学リテラシーの育成が必要である。３科目履修の問題は、主にカリキュラム編成上の問題である。設定できる単位数には限りがあり、理科３科目の導入は、現行カリキュラムを基準とすると他教科の単位数への影響が大きい。週当たりの時間設定３０時間の枠をどう変えるか、生徒の進路希望の状況にどう対応するかなどの様々な課題を総合的に考えて、教科の時間数を設定することとなり、大幅な変更を余儀なくされる。結果的には、「時間数を減らされた」と感じる教科が出てくるもある。しかし、関係する教科だけでなく、すべての教科で、現行のカリキュラムの内容、指導方法が適切なのか、また生徒に適合しているのかを再度白紙に戻して検証してみる必要が大いにあるだろう。<br />
<br />
◇試される教師の力量<br />
<br />
今回改訂された学習指導要領の内容は、「道徳教育」、「言語活動の充実」など、人間教育の視点で教育活動を充実する上で、「当たり前」のものが多く含まれている。つまり、その「当たり前」のことが、これまで適切に実施できてこなかったという認識が基盤になっているのである。この「当たり前」を実践するには、教師の力量が試されているといえよう。<br />
<br />
新学習指導要領の理数教育についての課題が二つある。１つ目は、これまでの教授方法から根本的な脱却である。現行のカリキュラムの枠組みで新学習指導要領の内容のみ移行しようとすると、様々な問題点に突き当たる。消極的な改善を図るのではなく、本来の趣旨に立ちかえり、指導方法の積極的な改善を図らなければならない。２つ目は、学力観に関わる。学力は、単に知識を増やせば上がるという観点ではなく、その教科で学習したことが生涯に渡り生きたものとなるために、特定の教科によらない、学ぶための土台とも言える人間的な力を身に付けることが必要だという点である。教科の中での言語活動や道徳教育は、そのためのものである。むろん、これらの課題解決には、教員の力量、資質の向上を図ることが必要であることは言うまでもない。福岡教育連盟は生徒の学力保証に責任を持ち、実践力を備えた教師集団として、これからも研修に取り組んでいく所存である。]]></content>
	</entry>
	<entry>
		<title>平成２４年 「年頭所感」　　執行委員長 　副島　賢三</title>
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		<id>http://www.fenet.or.jp/log/eid186.html</id>
		<issued>2012-01-01T15:06:35+09:00</issued>
		<modified>2012-01-01T06:06:35Z</modified>
		<summary>平成２４年の年頭にあたり、謹んで新春のお慶びを申し上げます。昨年、３月１１日の東日本大震災は、我が国に多大な被害をもたらしましたが、この惨事は私達日本人に多くの覚醒ももたらしました。日本人が本来持つ互...</summary>
		<author>
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		</author>
		<dc:subject>執行委員長挨拶</dc:subject>
		<content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[平成２４年の年頭にあたり、謹んで新春のお慶びを申し上げます。<br />
<br />
昨年、３月１１日の東日本大震災は、我が国に多大な被害をもたらしましたが、この惨事は私達日本人に多くの覚醒ももたらしました。日本人が本来持つ互譲互助や人間尊重の精神に目覚め、自らの出来ることは何かを追求する契機を授かりました。その意味では、女子サッカーワールドカップにて、「なでしこジャパン」が世界一になり、私達に明るい話題を提供してくれたことも、選手達の行動で示した答えだったように思います。<br />
<br />
さて、弘安4年(1281)、元軍再襲来(弘安の役)の際、亀山上皇（第９０代亀山天皇）が、捨身のご決意で伊勢神宮に敵国降伏を折願されました。その故事を記念して､明治３７年（1904)、上皇像が、現在の福岡県庁前の東公園に建立されました｡ そして、弘安の役730年の節目に当たる昨年、その原型の木彫像が筥崎宮（田村靖邦宮司）の境内に新築された奉安殿に納められました。厳しい表情は国難を憂えた上皇を表現しているといいます。この際、詠まれた歌の一つを紹介します。<br />
<br />
「世のために身をば惜しまぬ心ともあらぶる神はてらしみるらむ」<br />
（世の為には身をも惜しまぬ私の心を、激しい霊力のある神々は、必ずや見守ってくださるに違いない。）<br />
<br />
この元寇、黒船来航、そして先の大戦に続く日本の歴史上の第四の国難は、「戦後国家的な自立心を失い迷走する日本及び日本国民」といわれますが、この「第四の国難」は、今回の大震災後の私達日本人が、改めて、克服すべき課題として大きく浮上してきているように思えます。震災復興とともに、外交、安全保障、経済、財政の危機を迎えています。今年こそ、危機に正面から取り組む年とならねばなりません。そのためには、治世者のみならず、全ての国民がそれぞれの立場から、我が国の国際社会において果たすべき役割を自覚し、誇りある真の独立国家建設を目指し、一人一人が認識を新たに責任ある行動をとらねばなりません。特に、私達教師は、皇室を中心として培われた長い歴史、伝統、文化の継承者として、「国づくりは人づくり」であり、正しい教育が最大の国益につながるものであるという認識を持ち、次代の子供達に大切な思いを伝えていかなければなりません。<br />
<br />
福岡教育連盟では、２月初めに「わが組織４０年の歴史が問いかけるもの〜新たなる教育正常化の実践に向けて〜」の大会テーマのもと、研修大会を実施し、全体会講演では、「Switch〜志が遺伝子をONにする〜」という演題で千葉大学名誉教授の村上和雄先生を講師としてお招きし、有意義なお話を拝聴します。また、「福岡教育連盟創立四十周年記念誌」を披露するとともに、「福岡教育連盟が考える日本の教育」「あるべき教師像」の改訂版の提案を行い、教育及び教師の在り方について研究した成果を発表します。テーマにもありますように、学校教育を担う私たち教師が、４０年の歴史を再度振り返り、教育正常化につながる実践に励んで行きたいと思います。<br />
<br />
福岡教育連盟は、昨年の創立四十年記念式典を一つの節目として、これからも組織の充実、発展を更に図り、わが国の悠久の歴史、そして組織の経験を縦糸に、真の教育再興を願う連盟の先生方や教育を良くしたい日本を良くしたいと願う同志の皆様との絆を横糸に活動を行い、今年が龍の如く飛翔の年となるよう尽力して参ります。最後に、皆様にとって今年一年が、実り多き年となりますよう、心より祈念いたします。 ]]></content>
	</entry>
	<entry>
		<title>平成２３年度研修大会のご案内</title>
		<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.fenet.or.jp/log/eid184.html" />
		<id>http://www.fenet.or.jp/log/eid184.html</id>
		<issued>2011-12-20T16:32:00+09:00</issued>
		<modified>2011-12-20T07:32:00Z</modified>
		<summary> (１）日時　  平成24年２月５日（日）13:30受付開始　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　 14:00開会　16:50閉会予定（２）会場　  福岡リーセントホテル （３）大会テーマ　「わが組織４０年の歴史が問いかける...</summary>
		<author>
			<name>fenet</name>
		</author>
		<dc:subject>私たちの活動->研修大会</dc:subject>
		<content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[ (１）日時　  平成24年２月５日（日）13:30受付開始<br />
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　 14:00開会　16:50閉会予定<br />
<br />
（２）会場　  福岡リーセントホテル <br />
<br />
（３）大会テーマ　「わが組織４０年の歴史が問いかけるもの」<br />
                 　　　　　　　　　　 〜新たなる教育正常化の実践に向けて〜<br />
<br />
（４）内容 　  �創立40周年記念誌披露<br />
　　　     　   　　 �「福岡教育連盟が考える日本の教育」等、改訂版提案<br />
　　　　　　　 �講演会<br />
<br />
（５）講演　　演題　「Switch〜志が遺伝子をONにする〜」<br />
　　　　　　　 講師　 村上 和雄 先生（筑波大学名誉教授）<br />
<br />
<img src="http://www.fenet.or.jp/img/img130_murakamip.jpg" width="450" height="700" alt="murakami" class="pict" /><br />
<br />
※連盟員対象の部内研修です。<br />
※一般の方の参加については、「連盟友の会」の会員の方が対象となります。]]></content>
	</entry>
	<entry>
		<title>第３８回福岡県父母と教師の教育交流大会執行委員長挨拶</title>
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		<id>http://www.fenet.or.jp/log/eid185.html</id>
		<issued>2011-12-01T13:57:35+09:00</issued>
		<modified>2011-12-01T04:57:35Z</modified>
		<summary>先日、ブータンの国王陛下、国王妃殿下が国賓として来日され、３月１１日の東日本大震災の被災地の一つである福島県相馬市に追悼と激励のため訪問をされた。ブータンは常に中国の脅威に接する国だが、我が国と同じく...</summary>
		<author>
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		</author>
		<dc:subject>執行委員長挨拶</dc:subject>
		<content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[先日、ブータンの国王陛下、国王妃殿下が国賓として来日され、３月１１日の東日本大震災の被災地の一つである福島県相馬市に追悼と激励のため訪問をされた。ブータンは常に中国の脅威に接する国だが、我が国と同じく立憲君主国であり、大変な親日国である。今回の震災でもいち早く被災地支援に名乗りを上げ、国の経済規模では考えられないほどの義援金を支出いただいた。国王は、被災地の小学生に対して、「皆さんは龍を見たことがありますか？私たちは『人格』という名の『龍』を、一人ひとりの心のなかに持っています。龍は『経験』を食べて大きくなります。どうか自分の龍を大きく素晴らしく育てていってください」という大変素晴らしい励ましのメッセージを残された。震災を免れた私ども福岡県も、他の例に漏れず少子化や産業構造の変化等の波が日々の生活を少しずつ変えております。しかし、どんな時代になっても「人材育成」、つまり教育こそが大事であり、心根が優しく逞しい精神をもつ人格まさに「龍」が心にしっかりと備わった有為な人材を育てていくことこそ、日本再興の基である。<br />
<br />
本日の大会テーマは、「日本再興を教育から」である。私達に出来ることは、対処療法ではなく、子供対策という他者改善でもなく、やはり「大人が変われば子供は変わる」「子は親の鏡」とあるように、大人一人一人が、「主体変容」を行って、誇りと自信をもって生きていくことではないだろうか。それが、子供達にとって大きな教育力となるのではないだろうか。私達が誇りと自信の拠り所とすべきものは、二つあると考える。<br />
<br />
一つは、我が国の皇室を中心とした悠久の歴史、伝統、文化を次代につなぐという「仕事」である。現代に生きる私達大人がまず、今日の平穏な日々が、実は自分の先祖をはじめ、先人達の努力と多くの犠牲と献身の上に成り立っていることを忘れないこと、この美しい歴史を正しく理解し、心からの感謝と共に誇りに思うこと、そしてそれが、子供達が自信と誇りをもって生きていくことにつながるのだと認識することである。子供達の学力、体力、自尊心、規範意識等々の向上も常に問題となりますが、要するに「やる気」の源泉は、例えば、歴史上の偉人への尊敬とか、その偉人に対して敬意を寄せる大人への敬慕であり、自分の生き方のモデルを求める心から、真のモチベーションは発揮されるものだと考える。<br />
<br />
二つ目は、子供達に大人の姿を見せるということである。ちなみに、教育の教の字は、父が自らの生き方をわが子に見せ、子は父の姿から生き方を学ぶことを表している。一方、育は子供に食べ物を与えてこれを養い育てる事を表している。それぞれ教は厳しく責任をもって伝える父親の仕事を、育は優しさや愛情に根ざした母親の仕事を表している。この愛情と使命感は教師の眼目でもあるが、教育は親の子に対する本能的な行為であることがわかる。大人がお手本となり、責任感と公共心をもって、子供とともに正しい「人の道」を追求して、人作り、国づくりを行っていくことが、私達の誇りの拠り所となると考える。<br />
<br />
今回の大会サブテーマを、本日の講師である野口健さんのご著書から「『確かに生きる力』を培う」とした。どんな時代や社会になっても、臨機応変に判断し、生き抜く知恵と行動力や表現力をもった人材の育成、つまり、これまで学習指導要領が示してきた「生きる力」の育成という教育目標は、震災後、互譲互助等の精神をもって対応する力など本来の日本人らしさを見直すことで、新たな意義と説得力を獲得しつつある。<br />
<br />
改めて、「確かに生きる力」とは、民族の美しい歴史としての縦軸と、時代の危機を共有し、同胞とともに生きる絆という横軸の交わる点を立ち位置として、現場の危機を見ては行動せずにはいられない「知行合一」の力であると考える。<br />
　<br />
私達は、今、不確かな時代だからこそ、歴史に学び、共同体の役割の復活をめざして、確かに生きることが求められているのではないか。国内外の情勢を見ても、私達は時代の岐路に立っていることは確かである。しっかりと私達大人が踏ん張るときである。<br />
　]]></content>
	</entry>
	<entry>
		<title>四十年の歴史が問いかけるもの　〜新たな教育正常化に向けて〜</title>
		<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.fenet.or.jp/log/eid183.html" />
		<id>http://www.fenet.or.jp/log/eid183.html</id>
		<issued>2011-11-25T11:03:25+09:00</issued>
		<modified>2011-11-25T02:03:25Z</modified>
		<summary>福岡教育連盟は、福岡県高等学校新教職員組合として、昭和47年10月21日に結成大会を開催し、教育正常化の活動を開始した。以来四十年目を迎える今、教育本然の姿と教師本来の志を取り戻す闘いに挑まれた諸先輩方のご...</summary>
		<author>
			<name>fenet</name>
		</author>
		<dc:subject>私たちの主張</dc:subject>
		<content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[福岡教育連盟は、福岡県高等学校新教職員組合として、昭和47年10月21日に結成大会を開催し、教育正常化の活動を開始した。以来四十年目を迎える今、教育本然の姿と教師本来の志を取り戻す闘いに挑まれた諸先輩方のご労苦に感謝を申し上げるとともに、組織の内外の歴史に光を当て、新たな教育正常化に向けての決意を記したい。<br />
<br />
<h4>□この十年間を概観して</h4><br />
教育正常化の視点で、この10年間の国規模の変化を振りかえると、最大の功績は戦後レジームからの脱却を謳った安倍政権における六十年ぶりの教育基本法と教育三法の改正である。日教組などの執拗な反対運動の中、法改正がなったのも、当時政権を担当した方々や、日本会議など国家解体に対して危機感を抱いた多くの人々の尽力があったためである。福岡教育連盟も、直接文科大臣に意見を表明するなど少なからず法の改正に関わってきた。その後、この法改正を契機に、綱領の改訂を行い、教育正常化の団体であることと日本の歴史伝統文化の尊重を明確に打ち出し、県内外の諸団体との連携を深めてきた。そして、これまでの私達の教育正常化に対する姿勢とその成果に対する期待の声を全国から頂戴してきたところである。昨年、埼玉県で教育正常化を旨として結成された「教育者ネットワーク埼玉」の先生方との交流も進行中である。<br />
<br />
<h4>□教育正常化は未だ終わらず</h4><br />
しかしながら、教育を取り巻く事態はいよいよ深刻である。政権交代により、日教組を支持基盤に持つ政権が誕生し、今回の野田内閣では、日教組本部の中枢にいた輿石東氏が政権与党の幹事長となり、文科大臣政務官には福岡県教職員組合出身で、日教組本部の専従であった神本美恵子氏が就任するなど、日教組の影響力は以前に増して高まっている。反国家、反戦、反権力といった考えを教育現場に浸透させていったのは、まさに日教組や全教といった教職員団体である。反日思想は反愛国心や国旗・国歌反対に、反戦思想は反自衛隊に、反権力思想は道徳の排除や反秩序、更に反エリート教育につながっている。微に入り細に入り、偏向教育を子供達に行ってきた結果、我が国を誇りに思わない子供達や自らに自信がもてない人間を生みだした。さらに「ゆとり教育」を推進して基礎学力の低下を招き、道徳の衰退によって国家弱体化を図ってきた。加えて、反日組織や反日運動家、多くのマスコミ等がこの運動に荷担している。教育基本法改正や全国学力調査への反対運動、、朝鮮学校の授業料無償化推進、今回の中学校の歴史、公民の教科書採択等でも、強固な協力体制のもと彼らの運動が展開されている。これら一つ一つを見ても、教育正常化は未だに終わっていないのだ。<br />
<br />
<h4>□これからの10年へ</h4><br />
これまでの福岡教育連盟・新高教組の活動を振り返り、新たな教育正常化に向けて、行政の施策に対するより具体的なメッセージの発信と、明確な行動計画の策定を行わなければならない。例えば、麻生前県政のもと推進された教育力向上福岡県民運動は、学校教育を真正面から取り上げ、本県教育の基本的な方向性を示した。本県民運動が名実ともに、全ての県民によって共有され、学校教育を核に、家庭、地域が支え合って行動することで、教師は本来の教育活動に専念できる体制が更に推進されると考える。これからの課題は、国が掲げた新学習指導要領の「公共の精神」や「伝統と文化」の尊重、教育基本法の「愛国心」の涵養、更には我が国の歴史、伝統、文化に誇りを持ち、「世のため人のため」に努力したいと思う子供の育成についての施策を行政に対して提案しながら、組織としても独自の計画案のもと活動することである。現在、「十ヶ年計画に関する大綱」を策定中である。これは、今後十年の活動の在り方について長期的な展望と戦略的な方法論をもって、新たな指針を提示し、計画的な運営を推進するものである。基本スローガンを「日本再興を福岡の教育から」として、綱領を基本理念とし、国、県、組織を取り巻く教育の課題を把握した上で、「自立した国民による自立国家の実現に向けて」等、三つの長期ビジョンと組織ビジョンを掲げ、「教師（大人）が変われば、子供も変わる」といった基本的な姿勢を踏まえた「道徳教育分野」等、十六分野の活動ビジョンと行動計画を策定する。また、教育の課題を明確にするとともに、私達が教師個人としてどうあるべきかという課題にも対応し、「福岡教育連盟が考える日本の教育」と「あるべき教師像」を改訂して、次代を担う若手教員へ組織活動を通した理念の継承を図っていきたいと考えている。草創期の先輩方が、本組織を創立した原点を決して見失わず、教育正常化の思いを継承することは、現在の連盟員全ての責務である。そして、当時の先輩方がそうであったように、「すべての子どもをわが子として」のスローガンの下、学校現場の子供達にとって何が大切であるか、常に「今を見つめる」現場の視点が何より不可欠であり、更に大きな歴史の流れに参画しているという認識を持ち続けていきたいと考えている。]]></content>
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		<title>道徳教育社会の実現 〜家庭、学校、地域が育む真の生涯学習社会〜</title>
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		<issued>2011-11-16T10:54:32+09:00</issued>
		<modified>2011-11-16T01:54:32Z</modified>
		<summary>□人格、徳の向上を図る真の生涯学習社会の実現現在、世界的な環境問題、食糧問題やエネルギー問題が議論される中、物質的な豊かさのみを求める物質至上主義からの転換を図ることが大いに期待されている。特に、三月...</summary>
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		<dc:subject>私たちの主張</dc:subject>
		<content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[<h4>□人格、徳の向上を図る真の生涯学習社会の実現</h4><br />
現在、世界的な環境問題、食糧問題やエネルギー問題が議論される中、物質的な豊かさのみを求める物質至上主義からの転換を図ることが大いに期待されている。特に、三月十一日に発生した東北大震災以降は、被災された方を含め、日本人の多くが価値観の転換の必要性を深く意識したに違いない。例えば、日本人独自の和の精神や共生的な自然観を見直し、人の知恵、歴史、伝統などの豊かな精神文化を重視した価値観への転換である。今後、日本が誇る先端技術と同様、世界平和に資するこれらの価値観を海外に発信・共有する必要があろう。一方で、今日、戦後教育の負の遺産に起因する様々な奇異な現象が報告されている。特に、我が命の分身である実の子を虐待、時には死に至らせること、また逆に恩を忘れて子が親を殺害するなどの事象は、祖国の誇りある歴史に唾棄し、「思想の強制」としてまともな道徳教育も実践してこなかった我が国の戦後教育の歴史を物語るかのようだ。転換を図るためには、国民全体の人間力向上を生涯にわたって図っていく道徳教育を核とした真の生涯学習社会の実現を目指すことが肝要である。<br />
<br />
<h4>□道徳教育とは何か</h4><br />
さて、私たちが取り組むべき道徳、道徳教育とは何であろうか。本年度の福岡教育連盟の創志塾教育セミナーで講師を務められた長谷川三千子先生は、ご講演の中で、「道徳と言う時には、『正しいことをするということ』、これが実はとても大事なことだと思うのです。正しいことというのは、時によると、人が望まないことがあるのです。『泣いて馬謖を斬る』という譬えがありますが、自分も嫌だし、相手も嫌だ、しかし、道徳的に振舞う為には、『お前な、やはりそれは違反だよ。だから警察に届けないわけにはいけないんだよ』と言って、届けなければいけないこともある。道徳と言う場合には、そこにもう一つ、正しいことは嫌でもしなければいけないというところがあると思います。これも非常に大事なところではないかと思います。」と述べられた。道徳とは、人としての正しい道である。世の中には、法的に罰せられるルールもあるが、罰せられないマナー、モラル等の単なる規範意識でもなく、「人に迷惑をかけていないからいいじゃないか」という答えでは到底説明のつかない深い人の道というものを子供たちの中に育てる道徳教育こそが大事といえる。<br />
<br />
<h4>□道徳教育の主体とは</h4><br />
現代の諸相を覆う課題を克服し、道徳教育の推進に取り組むためには、正義感や奉仕の精神を育成したり、国・地域に対する誇りを醸成したりすることにより、道徳教育を振興するための体系的かつ建設的な取組が図れなければならない。国や県の教育行政の指導とともに、推進する主体は、直に子供達と直結する学校、家庭、地域社会である。<br />
<br />
先の長谷川先生は、「人間を取り巻いているのは、学校であり、家庭であり、世の中全体です。ことに、人間としてどう生きて行くかというのは、家庭が与える影響がとても大きい。家庭のお母さん、お父さんがしっかりしていて、その背中を見て、まともに生きていったという人間もいるし、よく勉強ができたのに、家庭がルーズになって途中で崩れちゃったという子もいます。また、家庭はひどいけど頑張っている子もいます。そういう総合的な中で人格というものができていくのです」と述べられた。学校、家庭、地域が一つになって子供の魂に、私たちの魂がいかに働きかけるかということ。それは大変重い課題である。<br />
<br />
<h4>□共通認識と「皆教師」としての地域活動</h4><br />
家庭、地域、学校がともに進めていく道徳教育においての共通認識とはなにか。福岡県が掲げる「福岡の教育ビジョン」の第一次提言の概要には、「子どもは、自然や社会と直接関わることによって、学ぶ意欲を高め、より豊かな知識を得る。そして、その学んだことを日常生活に積極的に活用することで、さらに意欲や自信を増し、学んだ知識をより確かなものにしていく。私たちは、学校だけに子どもの教育を任せたり、家庭や地域に責任を転嫁するのではなく、子どもが抱えている問題は、我々大人が行ってきた教育の結果である」という視点に立たなければならない。特に、『個性』、『自由』、『自由』などといった教育の基本に関する理念については、共通認識がなされているとは言えず、各々の考え方で指導が行われてきたきらいがあった。『個性』はそれぞれがもっているよさであり、『自由』は放縦とは異なり責任が伴うものである。また、『自由』は結果の平等ではなく、各人の違いや努力の結果を正当に評価する機会の平等である。これからの福岡を担う子どもを育てるには、教育における基本的な理念について共通認識を図る必要がある」とある。<br />
<br />
責任感と公共心を身につける等、正しい「人の道」を共に追求する道徳教育社会の実現において、大人がお手本となることは当然である。そもそも、大人は皆子供を導く者であり、作家・新田次郎の座右の銘とも言われる「我以外皆我師」ならぬ、「皆教師」として、大人が見本を示すときである。常に「子供が見ている」という意識が大切だ。以前、ある料理店のシェフから聞いた話は大変興味深い。「ゴミを捨てない。信号を無視しない。挨拶をする」が大人の三条件という。「師弟同行」の趣旨で、子供達とともに大人も自らの向上の道を実践躬行し、子供に対して模範的に精進するものでなければならない。その際、教育のプロフェッショナルである教師が、先頭に立って責任ある社会参加を今こそ行うべきである。]]></content>
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		<title>戦後教育の負の遺産  〜「エリート教育」の不在〜</title>
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		<issued>2011-10-07T14:03:11+09:00</issued>
		<modified>2011-10-07T05:03:11Z</modified>
		<summary>□「現場は強いが、エリートが弱い」大震災後、改めて明らかになった二つの事がある。一つは、現地において、他人と協力し秩序を守って目の前の仕事に黙々と立ち向かう力、つまり「現場力」の強さ。もう一つが、企業...</summary>
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		<dc:subject>私たちの主張</dc:subject>
		<content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[</h4>□「現場は強いが、エリートが弱い」</h4><br />
大震災後、改めて明らかになった二つの事がある。一つは、現地において、他人と協力し秩序を守って目の前の仕事に黙々と立ち向かう力、つまり「現場力」の強さ。もう一つが、企業幹部、キャリア官僚、学者等、特に政治家のリーダーシップの脆弱さであった。<br />
<br />
狭山ヶ丘高校校長の小川義男氏は、「政治家の体質は、どうしてここまで衰微、退廃してしまったのであろうか。私はその本当の原因は、戦後教育が国家の大切さ、国家の重さを正しく教えられなかったところにあると考える」と述べている。必須の教養や器量を磨くエリート教育が我が国に備わず国の混乱を招いた事こそ、戦後教育の負の遺産の一つといえよう。<br />
<br />
</h4>□日本のエリート教育の変遷</h4><br />
明治期の世界的な弱肉強食の帝国主義時代において、我が国には優秀なリーダーが数多存在し、活躍した。彼らを育てた江戸期の武士教育が、即ちリーダー教育だったからである。当時の世界最高の識字率と計算能力を支えたのは寺子屋であり、そして各藩のトップリーダーの在り方を教えたのが藩校だった。アサヒビール名誉顧問の中條高徳氏によると、「侍の家に生まれた者は、たとえ極貧の武家であろうと『武士は喰わねど高楊枝』と、生まれた時からリーダーたるの自覚と誇りを持つように育てられたし、それが親の最大義務であった。その自覚と誇りを裏打ちすべく、５、６歳になると藩校に通い、リーダーとして身につけるべき『人間学』として四書五経などを学んだ」。また戦前は、エリートの養成機関として旧制高校があり、学生は実学の外国語の他、人生論、哲学、文学、藝術など様々な教養を身につけた。また軍事エリートは、陸軍士官学校、海軍兵学校から輩出された。残念ながら、旧制高校の文化は消滅し、旧制中学校から派生した新制高校では、『人間学』を学ぶ機会が失われ、「教育現場が教育の本質を忘れ、要領よく生きることを慫慂していたのだ。これでまともなリーダーが生まれる筈はない。このままでは救国のリーダーの誕生は百年河清を俟つに等しい」と中條先生は述べられている。<br />
<br />
先の大戦の敗戦を契機に、戦前の全ての選良主義が否定された。ＧＨＱによる日本人の精神弱体化計画、日教組の運動に依る所も大きく、民主主義は結果平等だとされ、エリート教育は非民主的であるとされた。結果、悪平等主義が蔓延し、飛び抜けた存在が出ることを好まない風潮にもなっている。もはや人を導き、社会を守るための公のために身を捧げる覚悟や、無私の精神が求められる真の意味でのエリートの存在の価値さえ忘れられてはいないだろうか。<br />
<br />
</h4>□欧米のエリート教育</h4><br />
しかし、米国では民主主義は、結果の平等ではなく、機会の平等を保障し、エリート教育と両立する制度である。米国のみならず、世界の主要国では、エリートを戦略的に教育によって養成しなければ、社会や国家自体の維持が困難となるという共通認識がある。国家的危機に直面した時、ずば抜けた見識や実行力を備えたリーダーは必要であり、そのための教育が不可欠というものだ。米国の真のエリート像とは、公に果たすべき使命感を持ち、人格が高潔で謙虚、しかも教養も深い。平時には、正確な情報を収集・管理・分析し、時には取捨選択して国民に提供し、国民危機を乗り切る自信を与える。戦時には、自ら犠牲になるのも厭わず、先頭に立って戦場に赴く覚悟を持っている。このように器量の大きく、ノブレスオブリージュ精神旺盛な者こそ真のエリートと言えるだろう。<br />
<br />
「個人主義とは価値根源を個人に置く理念であるが、それは国家に対する自己犠牲の大切さを否定するものではない。個人主義理念に立ちつつも、いかにして国家のために死ねるという人物を育成するか、それこそは現代教育最大の課題なのではないだろうか」と先の小川義男校長先生は述べている。<br />
<br />
</h4>□歴史的教養の意義</h4><br />
トップリーダーにとって、哲学、国家論、文化文明論等は、不可欠な教養であるが、『米国製エリートは本当にすごいのか？』の著者の佐々木紀彦氏は、特に歴史的教養を挙げ、三つの意義を、<br />
�「今を理解するためのヒント」<br />
�「戦略構築に有効」<br />
�「将来を見通すための助け」<br />
とし、特に�について、「歴史は、人間、経済、地理、政治、戦争、科学などあらゆる要素がうずまくドラマの集積です。そのドラマを追体験することで、過去の失敗を反省し、同じ過ちを避けることが出来ます。イェール大学での国家戦略を学ぶコースでは、毎回の授業テーマは、孫子、マキャベリ、クラウゼヴィッツなどの歴史や古典ばかりです。『歴史の教養亡くして、将来に向けた優れた戦略をつくることはできない』という確信があるからです」と述べている。<br />
<br />
問題はエリートに限らない。議会制民主主義の我が国では、選挙によって優秀なリーダーが選出される仕組みを担保するためにも、国民に正しい歴史的教養が広く行き渡ることが重要である。愛国心と同様に、歴史的教養は、国民が国を良くしようとする建設的な発想力、応用力と大いに関わりを持つものであることは疑いようがない。だからこそ、歴史を改竄する国さえ現れる。だからこそ、正しい歴史教科書は大事だのだ。<br />
<br />
尖閣諸島等の領土問題、震災復興等、国難に直面しても然るべきリーダーが不在なのは、偏にエリートへの人間教育が日本で廃れたためである。日本には知行合一の器量の大きな人物が求められている。震災を機に様々なことが問い直されているが、真のリーダー教育こそ腰を据えて論議を始める対象である。]]></content>
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		<title>「第３８回　福岡県父母と教師の教育交流大会」のご案内</title>
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		<id>http://www.fenet.or.jp/log/eid175.html</id>
		<issued>2011-10-07T13:37:54+09:00</issued>
		<modified>2011-10-07T04:37:54Z</modified>
		<summary>本年度の父母と教師の教育交流大会について，ご案内いたします。多くの皆様のご来場をお待ちしております。テーマ　日本再興を教育から〜「確かに生きる力」を培う〜日　時　平成23年11月27日（日）13:20〜16:30（開...</summary>
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		<dc:subject>私たちの活動->父母と教師の教育交流大会 </dc:subject>
		<content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[本年度の父母と教師の教育交流大会について，ご案内いたします。多くの皆様のご来場をお待ちしております。<br />
<br />
<img src="http://www.fenet.or.jp/img/img123_file.jpg" width="400" height="600" alt="交流大会H23" class="pict" /><br />
<br />
テーマ　日本再興を教育から〜「確かに生きる力」を培う〜<br />
<br />
日　時　平成23年11月27日（日）13:20〜16:30（開場12:30）<br />
<br />
会　場　大牟田文化会館　福岡県大牟田市不知火町2−10−2<br />
<br />
第１部　教育シンポジウム「私の考える教育再興」<br />
<br />
第２部　講演<br />
　講　師　野口　健　氏（アルピニスト）<br />
　演　題　「確かに生きる」]]></content>
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		<title>福岡西支部父母と教師のつどい</title>
		<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.fenet.or.jp/log/eid173.html" />
		<id>http://www.fenet.or.jp/log/eid173.html</id>
		<issued>2011-09-22T15:56:09+09:00</issued>
		<modified>2011-09-22T06:56:09Z</modified>
		<summary>福岡教育連盟福岡西支部平成２３年度父母と教師のつどい（ご案内）１　日時　平成23年１０月２日（日）　　　　　受付　14時30分　　　　　開会　15時          　　　　　講演　15時〜16時30分２　会場　ももち文化...</summary>
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			<name>fenet</name>
		</author>
		<dc:subject>インフォメーション</dc:subject>
		<content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[<strong>福岡教育連盟福岡西支部<br />
平成２３年度父母と教師のつどい（ご案内）</strong><br />
<br />
１　日時　平成23年１０月２日（日）<br />
　　　　　受付　14時30分<br />
　　　　　開会　15時<br />
          　　　　　講演　15時〜16時30分<br />
<br />
<br />
２　会場　ももち文化センター　３階　特別会議室<br />
　　　　　福岡市早良区百道2-3-15　TEL 092-851-4511<br />
<br />
３　講演　「道徳教育の勧め−家庭・学校・地域の教育力再生のために−」<br />
<br />
　　講師　 中村学園大学教育学部　教授　占部　賢志先生<br />
<br />
※教育に関心のある方であればどなたでも参加できます。（参加費無料）<br />
※会場駐車場は満車で利用できない可能性が高いので、なるべく公共の交通機関でお越し下さい。]]></content>
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